【 2026年10月:内容と感想 】
10月の読書会です。今回は五つの神観の中からについて学びました。テーマに入る前にキリスト教の説く間違ったイエスの姿を理解するために、キリスト教のスタートにつながる重要な出来事として「イエスの復活」について確認し、キリスト教の説く三位一体、贖罪説についても理解を深めました。
『キリスト教の説くイエスの姿 → 間違ったイエス像』
■イエスの復活
イエスは十字架での死から3日後に復活を遂げました。この出来事により、弟子たちはイエスこそがメシア・キリストであると誤認し、イエスは信仰の対象となりました。イエスの復活は、物質化現象と呼ばれる心霊現象で、基本的なメカニズムは明らかになっています。条件さえ整えばどの人間(亡くなった人)にでも起こりえる現象です。これをもってその人間を神とするのは間違いということです。
■三位一体論
キリスト教では神を父なる神・精霊としての神・神の子(イエス・キリスト)の三つの位格(ペルソナ)を持つ存在とされ、イエスは神と位置づけられます。とても掴みづらい定義ですが、これも間違いです。真実のイエスは人類史上最高の霊性を持つ人間であり、神に最も近い人間ですが神ではないということです。三位一体論も人間がつくった間違った考えで、神の姿を現したものではありません。
■原罪と贖罪
人類の始祖であるアダムとイヴがサタン(蛇)にそそのかされて神から禁じられていた禁断の果実を食べてしまい、そこから原罪が発生し、アダムとイヴの子孫である人類に原罪が遺伝することで、全ての人間は生まれながらの罪人であるとするのがキリスト教の原罪理論です。イエスによる贖罪とは、原罪を持つ人類の罪に対し、イエスが十字架の死によって全人類の罪を贖うという考えですが、それはイエス・キリストを信じる人(キリスト教徒)のみに与えられるとする考えです。
こうした考えはすべて間違っています。霊界にはアダムもイヴも存在しませんし、サタンも存在しません。もちろん原罪なども存在しません。イエスの十字架の死は無知な人間による残虐非道な行いでしかありません。キリスト教の贖罪説、人類の始祖アダムとイヴの存在、人類の原罪、サタン、すべては無知な人間による偽りの話でしかないのです。
『真実の神の姿・シルバーバーチの霊訓を体系化した思想体系』
今回は、霊的真理の観点から「摂理(法則)としての神」と「究極の理想としての神」の二つの神の姿について学びました。この神観はスピリチュアリズム普及会によって公開されている霊的真理の思想体系の重要な要素です。この思想体系はシルバーバーチの霊訓の内容を体系化したものですが、シルバーバーチの霊訓はイエスの指揮統制のもとで、地上に降ろされた人類史上最高の霊界通信です。イエスの思想を示しているものであり、真実の真理、真実の宗教といえるものなのです。
④摂理(法則)としての神
■神は霊界・宇宙の創造に先だって「摂理」 を設けた
■神は摂理を通して霊界・宇宙・万物を支配しようとした
●万物は摂理によって支配され、すべての営みがなされている
●神はすべてを完全に認知・把握している
●摂理による支配は厳格
●摂理は機械的な正確さで働く
■人間も、摂理によって支配されている。
●神と人間は摂理を介した“間接的な関係”
●神は全人類を “完全平等・完全公平” に扱っている
■摂理を通して見える神の姿
●摂理の完璧性は、 “神の完全性・全知全能性” の反映
●摂理の背後に“神の愛” が存在している
神は、自身の完全至高の愛と叡智によって摂理を創られました。節理は最初から完全完璧で、これまでも、そしてこれからも未来永劫、変更の必要あはりません。摂理の支配は霊界から宇宙・物質世界まですべてに及び、その摂理から外れて存在するものは一つもありません。摂理は霊界と宇宙のすべてから、そこに存在する全存在物とすべての生命体をも支配しています。神の摂理は人間を間接的に支配しています。それにより、完全平等、完全公平な支配が確立しているのです。人間は神によって特別に霊的存在として創造されましたが、ほかの生命にはない霊的要素とともに、自由意思と霊的責任も与えられました。人間はそれにより、ほかの生命にはない摂理の支配も受けることになったのです。節理は神の愛によって、その叡智が発動され節理が創られたのです。節理の背後に神の愛が存在するのです。
⑤究極の理想としての神
■人間は“永遠の霊的進化の道” をたどる
●終わりのない神への接近のプロセス
■人間は霊的成長とともに、神に近づいていく
●人間にとって神は“究極の理想” であり、 永遠に求め続ける存在
■人間の魂は常に 「霊の親」 なる神の愛を求めている
●人間は神に近づくにつれて、神の愛を実感し、喜びと幸福感が増していく
■人間は “利他愛の実践” を通して、神に近づいていく
人間は神から自らの分霊を与えられ、肉体に宿ることで、永遠の個性を持つことになりました。すべての人間は、永遠に霊的成長の道を歩む存在です。地上人生も肉体の死後の霊界人生も、すべて霊的成長という究極の目的のために存在するのです。肉体に宿り物質世界に生きる人間にとって、地上世界で霊的成長の道を歩むことはとても困難が伴いますが、それが神の摂理なのです。地上世界の存在意義でもあるのです。そして、霊的成長をすることで内的喜びが少しづつ深まっていくのです。究極の理想である神に近づく(霊的成長)には利他愛の実践が重要です。そして、永遠に続く霊的成長の道を通して神に近づくほどに、無限に内的喜びが増していくのです。
参加者の感想
今日学んだ摂理(法則)としての神は本当にすごい事を教えて頂いているとつくづく思います。そしてこの摂理とカルマの奥の深くて広い関係性には色々な意味での愛を想像させられてまたなぜか色々な人達の事も同時に頭に浮かび思いにふけたりする事があります。完全平等、完全公平 神からは全てお見通しであるこの究極の愛、愛のお手本の下で学ばせてい
ただけている自分に本当に感謝いたします。自分がこうして遠く離れた場所で真理を学ばせていただいている事も何か意味のある事といつも心に思いながら島の方々との触れ合いを楽しんでいます。またこちらに来てどんな時にも霊的真理が何よりもの支えだと実感する事が出来ました。本当にありがとうございます。感謝いたします。また一歩一歩ですが霊的成長を目指します。
5つの神観について 10 月は「摂理法則の神」と「究極の理想としての神」を学びました、日頃の現世において生きるなかであらゆる作用には摂理法則が介在していること寸分の狂い無く働き繰り返し知る事が出来ました。そして私自身の魂向上進化は永遠の道のりであり究極の理想を求め利他愛の実践し永遠なる道を歩み続けて行かねばならないとの思いです。
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